大判例

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東京高等裁判所 平成元年(ネ)3387号 判決 1990年7月03日

東京都杉並区<以下省略>

控訴人

右訴訟代理人弁護士

小幡晃三

東京都中央区<以下省略>

被控訴人

野村証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

小野道久

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は,「原判決を取り消す。(主位的請求)昭和63年12月16日に開催された被控訴人の第84回定時株主総会においてされた定款の一部変更決議中,第10条,第11条第1項及び第2項,第28条並びに第29条の規定に係る部分を取り消す。(予備的請求)被控訴人は控訴人に対し,95万円及びこれに対する平成元年3月25日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一,二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め,被控訴人は,主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は,次のとおり,訂正,附加するほかは,原判決事実摘示と同一であるから,これを引用する。

1  原判決2枚目裏1行目冒頭から同3行目末尾まで(請求原因5冒頭部分)を次のとおり改める。

「5 控訴人は,昭和63年12月12日被控訴人に到達の同9日付,及び翌13日到達の同12日付各配達証明郵便により,議長である被控訴人代表取締役宛に,右質問事項の重要性を指摘したうえ,株主として本件定款変更に関する左記質問事項につき質問することを明記し,被控訴人として,本件株主総会において,右質問事項につき明白な回答をするよう懇請するとともに,更に同14日自ら被控訴人の本社に出向き,口頭で,総会には委任状を持参した代理人を出席させるので是非答弁して欲しい旨を重ねて要請した。」

2  同3枚目表2行目冒頭から同3枚目裏2行目まで(請求原因7項冒頭及び(1)(2)部分)を次のとおり改める。

「7 ところで,議長が本件質問事項につき回答しなかったことは,本項(1)ないし(3)掲記の理由により,商法第237条ノ3第1項所定の説明義務に違反するのみならず,議長が他の重要でない質問状記載の質問事項について回答しながらも,原告が事前に通知した前記質問事項に対して回答しなかったことは,同法第237条ノ4第2項所定の議事整理権の不当行使に当たり,かつ,議長が何ら正当の理由がないのに,控訴人の質問事項に対して全く回答しなかった(後記信義則上,質問の機会を与えたのに質問しなかったと主張できない場合も含む。)のは,公平であるべき株主総会の運営に当たる議長の措置が,著しく不公平かつ不誠実というべきであるから,右議長の措置には同法254条ノ3所定の忠実義務違反があるというべきである。したがって,本件決議は,決議の方法が法令に違反しまたは不公正な場合に当たる。

(1)  株主の書面による質問に対し,殆どの会社は株主総会の合理的運営のために,質問状の多い場合には,質問状提出株主の出欠すら確かめず,また,株主から改めて質問を受けることなく,適法な質問に対し,一括して回答する方式をとっている。この一括回答方式は,質疑応答に伴う時間が大幅に短縮でき,また自己のペースで総会を運営できるので会社側に極めて好都合であり,本件株主総会もこの方式で運営されていた。本件書面質疑は,前5項に掲記した質問事項1及び2であるが,これは同2問に重点を置いた2問一体の質疑であり,決議等の参考に資するためであった。被控訴人の議長は,本件株主総会において,他の4件の書面質疑には,株主が改めて質問しなくとも回答していたのであるから,適法な本件質疑についても,質問したと同じ範囲,同じ程度の説明回答をなすべき義務があったというべきである。

(2)  いわんや本件質問には,前記の事前通知等により回答要請をしたという特段の事情があったうえ,控訴人の委任状を持参の株主が答弁を受けるべく代理人として出席していたのであるから,なおさら,議長は質問に説明回答すべき義務があった。」

3  同4枚目表7行目の「というべきである。」の後に,以下を加える。

「このような措置をとるべきものとする見解は多くの識者の支持するところであって,本件株主総会のように,出席者500名余の大会議室において,多数の社員,与党の株主が質疑の妨害を図るような状況の下においては,なおさら,議長は,控訴人代理人に名指しで質問の機会をあたえるべきであった。

なお,付言するに,控訴人が本件質疑に関し,質問状・代理人出席方式を選択したのは,被控訴人の前年の株主総会が大荒れとなり,同様事態が予想された本件株主総会では,元プロ株主として顔の知れた控訴人が出席して質疑するよりも穏便,円滑に回答が得られると判断したからである。」

4  同4枚目裏5行目冒頭から同行末尾まで(請求原因に対する認否1)を次のとおり改める。

「1 第1ないし第4項の事実は認める。第5項の事実のうち,控訴人が昭和63年12月12日被控訴人に到達の配達証明郵便により,被控訴人に対し,質問事項1及び2を摘示し,本件株主総会において,これらにつき回答を求める旨通知したことは認めるが,その余は否認する。」

5  同4枚目裏10行目の次に以下を加える。

「本件株主総会においては,議長は,法定の報告事項をした後,事前に通知のあった質問事項を踏まえて,事項ごとに一括して説明回答し,更に,株主からの説明を受けてこれに回答をしたのである。議長は,株主総会において,株主より質問のない限り,あらかじめ質問事項の事前送付があっても,これを回答しなければならないものではなく,また,議長自らが,これら株主を名指して質問の機会を与える措置を採る必要もない。したがって,本件株主総会における議長の措置は,商法237条ノ3第1,2項に違反しないことはもとより,法律上の根拠に基づき職務の執行をしたのであるから,その措置が,商法第254条ノ3所定の忠実義務に違反したとすることはできず,また,同法第237条ノ4第2項所定の議事整理権の不当行使があったとすることもできない。」

三  証拠関係

原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  当裁判所も,控訴人の請求はいづれも理由がなく,棄却すべきものと判断する。その理由は,控訴人の当審における主張を考慮に入れても,なお,原判決理由説示のとおりであるから,これを引用する。但し,控訴人の当審における主張に対応し,以下のとおり,これを訂正,補足する。

二  原判決の訂正

原判決5枚目表3行目を次のとおり改める。

「1 請求の原因第1項ないし第4項の事実及び同第5項のうち,控訴人が昭和63年12月12日被控訴人到達の配達証明郵便によって,被控訴人に対して,質問事項1及び2を摘示し,本件株主総会において,これらにつき回答を求める旨通知したことは当事者間に争いがなく,成立に争いのない甲第三号証の四によれば,控訴人から被控訴人代表取締役宛の書簡が昭和63年12月13日にも被控訴人に到達していることが認められる。」

三  原判決理由の補足

商法第237条ノ3第1項の規定する取締役等の説明義務は,株主(その代理人を含む。以下同じ。)が総会において,実際に質問したときに生ずるものと解すべきことは同規定の文言上明らかである。なるほど,株主総会においては,議事の円滑な運営上,当該株主総会の議決事項に関する事項について,予め質問状の提出があったものについては,議長が改めて株主の質問を待つことなく,議決前に一括して,一般的な説明をする場合があることは,控訴人の指摘するとおりであるがこれも株主総会の運営を担う議長たる代表取締役の裁量に基づくものであって,その採否もまた議長の裁量に委ねられているのであるから,右一括説明方法を採ったことにより,前掲法条の解釈に変更をきたすいわれはない。もとより,議長がその裁量に当たり,重要な質問は漏れなく採用し,多数の質問がある場合,その内容や重要度に応じて,公平な取り扱いをすることは望ましいことではあるが,その当否は,直ちにこれに関連する決議の取消事由となるものとはいえない。けだし,右一括説明によっては当該議決事項に対して合理的判断をするために不十分な点があるならば,総会に出席した株主において,質問を発して,議長その他取締役等に説明回答を求めれば,足りるからである。このことは,予め会社に質問状を提出したが,株主総会において,議長の裁量による判断により一般的な説明回答の対象事項として取り扱われなかった場合であっても,異なるところはない。したがって,当該株主総会に出席した株主が,実際に質問をしないのに,議長その他取締役等がこれについて必ず説明しなければならないとし,あるいは,議長自ら積極的に名指しで株主に質問を促したうえ説明しなければならないとする控訴人の主張は,株主総会運営の指針としてはともかく,法的義務に関する主張としては採用することができない。

ところで,本件株主総会においては,前示のとおり,議長により法定の報告事項の報告がされた後,事前通知事項の一般的説明回答がされ,かつ,その直後に質問を受け付ける旨の機会が与えられたのに,出席した控訴人の代理人は,現実に何らの質問をしないまま,本件株主総会が進行,終了するに至ったのであるから,たとえ事前通知の経緯及びその内容が前記控訴人主張のとおりのものであり,本件株主総会で一括説明回答の方法が採られていたとしても,株主一般の質問の機会を与えなかった等特段の事情のない以上,控訴人の前記書簡中の質問事項に関して,控訴人代表取締役である議長が説明回答をしなかったとしても,その措置が商法第254条ノ3の規定に基づく忠実義務に違反するとはいえず,また,同法第237条ノ4第2項の規定に基づく議長の整理権の不当行使あるいは,信義則に違反するものとはいえない。

以上にみたとおり,被控訴人の本件株主総会においてされた本件決議には,その方法が法令に違反するとみられる点はなく,その違法を理由とする控訴人の本訴決議取消請求は失当というほかない。

四  以上の次第で,控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,控訴費用の負担につき民訴法第95条,第89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 伊藤瑩子 裁判官 近藤壽邦)

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